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ネットワークは「社会はまるごと学校」を合言葉に!【part-③】

読了までの目安時間:約 12分

 


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ネットワークは「社会はまるごと学校」

 

      合言葉に!【part-③】

 

 

 

高 校 生 の 部

 

 

 

テーマ : 糧 

 

 

      安田学園高等学校(東京都)一年

 

 

 

(当選文)

 

 

 

「自分に降りかかるマイナスを

 

   プラスにすることができるかは、

 

     自分次第である。」

 

 

この言葉を祖父からかけられたのは、

 

私が中学一年生の頃だった。

 

 

 

 

この言葉は、「捉え方、見方、努力次第で

 

どんなマイナスな出来事も

 

自分の成長の源とし、プラスに変換できる。」

 

 

という意味があると、

 

 

その時祖父から説明を受けた。

 

 

 

 私は小学五年生の頃から

 

囲碁を趣味として嗜んでいる。

 

囲碁との出会いは、

 

伯父が持ってきてくれた囲碁の

 

 

 

テレビゲームがきっかけだった。

 

 

 

あっという間にのめり込み、

 

毎日時間を忘れて囲碁の勉強をした。

 

 

次第に棋力は上達していき、

 

地域の囲碁教室では、

 

私に勝てる者がいなくなる程までになった。

 

 

 

そしていつしか私は囲碁のプロ棋士に

 

なりたいと思うようになっていた。

 

 

そんな時にかけられた言葉が、

 

先程の祖父の教えであった。

 

 

その時の私は、囲碁に夢中で

 

ほとんど負け知らずであったため、

 

 

「自分に降りかかるマイナス」

 

意味が理解できなかった。

 

 

なぜなら、その時の私の耳には、

 

周囲からの称賛や期待の

 

声ばかりが入っていたからだ。

 

 

そして私は、本格的に

 

囲碁のプロ棋士を目指すため、

 

プロ養成機関である院生になった。

 

 

 

 院生は、毎週土日に対局があり、

 

月毎に序列が発表される。

 

 

 

一勝が序列を大きく動かす世界。

 

それはさながら憧れていたプロの世界だった。

 

今までライバルのような存在が

 

いなかった私にとって、

 

 

院生は自分と同等、

 

またはそれ以上の実力を持った人達ばかりであった。

 

 

 

新鮮な反面、

 

とてつもないプレッシャーを感じていた。

 

 

 

今まで何気なく打っていた一手一手に、

 

いつの間にか深く重い

 

何かを感じるようになっていた。

 

 

そしてある日から、

 

私はとたんに勝てなくなった。

 

そんな時に思い出したのが、

 

あの祖父の言葉だった。

 

 

 

 それからの私は、

 

マイナスをプラスに変える努力を惜しまなかった。

 

 

自分のダメなところを徹底的に分析し、

 

改善することにした。

 

 

今まで我流でやってきたことを

 

見直すうちに新たな発見を

 

いくつもすることができた。

 

 

その一つが、これまで感覚で打っていたため、

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ほとんど考えるということをしてこなかったという点だ。

 

 

その癖を改善するために、

 

碁笥の上にハンカチをかぶせてみたり、

 

 

必ず手を膝に戻してから打つという

 

独自のルールを作ったりした。

 

 

 

このような試行錯誤を繰り返すうち、

 

次第に勝率は上がり、

 

全勝する日も珍しくなくなっていた。

 

 

 

 こうして、不安の中にも喜びを

 

見出せるようになったのだが、

 

六十人程いる院生の中から

 

プロになれる者は年間たったの数名しかいない。

 

 

 

 中学二年生になった時のことである。

 

 

上位の壁は厚く、

 

 

このままプロを目指すべきか、

 

早く見切りをつけて高校受験の

 

勉強に切替えるべきか悩む日々が続いた。

 

 

食事が喉を通らないこともあった。

 

 

小学校高学年からその時まで

 

家での勉強は囲碁だけであった。

 

 

このままではどちらも中途半端で

 

終わってしまう可能性があった。

 

 

そして私は、院生を辞退することを決断した。

 

 

 

二年生の夏休み、

 

受験生としてぎりぎりのところであった。

 

 

 こうした不安でいっぱいの中、

 

私はまた祖父のあの言葉を思い出していた。

 

 

 

囲碁のプロを目指し、

 

それに専念した三年間を

 

「悔い」として捉えるか、

 

 

逆に「囲碁を一生の友とし、

 

貴重な経験ができた」と捉えるかは

 

自分次第だということだ。

 

 

 

私は祖父の教えから、

 

 囲碁で培った経験はこれからの人生で

 

きっと何かの役に立つ時がくるだろうと

 

思うことにしたのである。

 

 

 

そう思うことで何かが吹っ切れ、

 

その後の受験勉強に

 

集中して取り組むことができた。

 

 

 これからも私の人生で、

 

マイナスのことが押し寄せてくるだろう。

 

 

そんな時、また私は

 

祖父の言葉を糧に生きていきたい。

 

 

 

院生の頃のように必死で、

 

囲碁で養った先を読む力や

 

大局観を大切にし、状況を冷静に捉え、

 

 

マイナスのうねりの中にある

 

小さなプラスを探し、

 

見方を転換していきたい。

 

 

 

 

🙇💛😃💛😁💛💛😪💛🤯💛🤮💛🤭💛🤩💛🤠💛💛😃💛😁💛💛😪💛🤯💛🤮💛🤭💛🤩💛🤠💛😃💛😁💛💛😪💛🤯💛🤮💛🤭💛🤩💛

 

ネットワークは「社会はまるごと学校」を合言葉に!【part-③】

 

読売新聞教育ネットワークの基本指針には、

読売新聞教育ネットワークは「社会はまるごと学校」を合言葉に、

企業や学校間の交流を積み重ね、日本の教育の発展を支援する取り組みです。
 出前授業や各種イベントを通じて相互交流を図る一方、

読売新聞や読売中高生新聞などと連携しながら、

先駆的な授業などの取り組みを発信します。

 

と素晴らしい文面が表記されております。

 

まさに、「今後の時代にマッチした」素晴らしい方針に感銘を受けました。

全面的に心から賛同しており、私も微力ながら主旨に添えたい思いから、

私のブログにもシェアさせて頂き、ブログを訪れて頂いた方やFacebookなど、

あらゆるSNS等でもシェアさせて頂いて広めて行きたいと思っております。

 

また、読売新聞には「俳句、短歌、コラム」など」、人情味が感じられる記事が沢山

掲載されており、読売新聞が愛されている大きな要因にも成っていると思いますので、

その中からもシェアさせて頂き投稿して行きたいと思っております。

 

竿金の日本を始め全世界が、「コロナ菌」で何かと疲弊しておりますが、

これからの日本の時代は勿論、全世界でも人間味のある

「絆」の深い方向に向かうことを願いながら投稿をさせて頂きます。

 

私のブログも「訪れて頂いた方が愉快な気持ち」に成って頂きたい記事を

中心に掲載することをビジョンとしております。

 

今後とも、「読売新聞教育ネットワークや読売新聞」とともに、

私のブログにつきましても、ご愛読方をよろしくお願い申し上げます。

 

 

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