キルギス、親日国、兄弟、シルクロード、ウズベキスタン、中国、

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親日国・キルギスの日本愛が半端ない!

読了までの目安時間:約 13分

 


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. 親日国キルギスの 

 

  .  日本愛が半端ない! 

 

「キルギス人と日本人は兄弟だ」

 

 

   【世界が感動する日本】

 

 

 

地形が厳しい中央アジアに位置するキルギス。

 

 

中国と地中海を結ぶシルクロード沿いにあります。

 

 

このキルギスの人々が、

 

日本人に対してとても友好的な

 

感情を持っていることをご存知でしょうか?

 

 

 

キルギス人は私たちの想像を超える親日国です。

 

現地で日本人だとわかると、

 

とても喜んで質問攻めにあってしまうことも多いようです。

 

 

 

日本人というだけでこんなに好感触を

 

持ってもらえる国は、他にはないかも知れません。

 

 

 

友好的なキルギス人は皆キルギス人と

 

日本人は兄弟だというのです。

 

 

なぜ、彼らがそんなことを言うのか

 

明確な出どころは分からないようです。

 

 

 

恐らくは日本とキルギスの関わりの中で、

 

親日感情が高まって、この由節が自然と

 

 

出来上がって来たのではないでしょうか。

 

 

 

なぜ『日本人とキルギス人は兄弟だ』

 

と思われるほどの親日国になったのか、

 

その理由について五つの仮説をご紹介します。

 

 

 

まず、最初に挙げられるのが

見た目が非常に近いということ。

 

 

 

中国人や韓国人よりも日本人の方が

 

キルギス人に顔が似ている。

 

 

 

キルギス人からはそう見えるらしいです。

 

 

 

まぁ日本人からすると、

 

キルギス、

 

どれもそんな違いが無いように見えるけど、

 

キルギス人から言わせると、

 

目の形何からキルギス人と日本人が

 

一番よく似ているということです。

 

 

 

そしてよく言われるのが蒙古斑。

 

赤ちゃんの時にお尻に青いあざ、

 

これもキルギス人と日本人の特徴のようです。

 

 

街を歩いていても、しゃべらなければ

 

外国人と気づかれることも少ないのです。

 

 

 

キルギス人を見ていると、

 

日本の『〇〇さん』によく似ている、

 

なんて人によく出会います。

 

 

 

陸続きで国境を接している国々で

 

はよくあることですが、

 

隣国のウズベキスタンや中国などと、

 

多くの問題を抱えています。

 

 

当然、彼らに対する国民感情は

 

あまり良くありません。

 

 

その結果直接的に利害関係のない

 

遠い日本に親近感を抱くようになった。

 

 

また、歴史的に見て大きいのは

 

日露戦争の影響です。

 

 

1900年初頭、

 

アジアの小国でしかなかった日本は、

 

超大国、ロシアと堂々と正面から戦い、

 

世界中の予測を大きく裏切って

 

大勝利を手にしました。

 

 

この番狂わせの勝利は、

 

当時のヨーロッパから

 

中央アジアに至るまで、

 

アンチロシアの国々から、

 

大絶賛を受けることになります。

 

 

トルコやフィンランドなど

 

この時の印象のおかげで、

 

今でも親日国と呼ばれる国も多いのです。

 

 

当然、ロシアと軋轢のあったキルギスでも、

 

このニュースが人々に与えた影響は

 

大きかったでしょう。

 

 

 

日本人抑留者の功績

 

第二次世界対戦終了後、

 

多くの日本軍の抑留者が、

 

ソ連からキルギスに連れてこられ、

 

彼らは主に土木作業や建築に従事しました。

 

 

 

例えば、イシククルにあるタムガの保健所建設。

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彼らの働きぶりや誠実な人柄が、

 

キルギス人に感銘を与えたと言います。

 

 

日本人の仕事ぶりはとても丁寧で、

 

しかもよく働きました。

 

 

キルギス人達もそんな日本人に対して、

 

親切に接し、シベリアに抑留された

 

日本人には、多くの犠牲者が出ましたが、

 

ここでは何と全員が生還したと言います。

 

 

またこの時、タムガで作られた、

 

サナトリウムの建築物のうち、

 

他のものが壊れても、

 

日本人が作ったものだけは、

 

その後ずっと壊れなかったということです。

 

 

このような日本人の勤勉さや誠実さが、

 

キルギスにおける日本人観の

 

原型を作ったと言えます。

 

 

 

日本の開発援助、ODA

 

独立後のキルギスの発展に、

 

日本が与えた功績は大きいようです。

 

 

特に独立から2000年代までは、

 

日本の援助額は飛び抜けて多く、

 

今でもキルギス国内には、

 

日本の援助で作られた橋や道路などの、

 

インフラ設備がたくさんあります。

 

 

ニュースの少ないキルギスでは、

 

外国から援助関係の話は、

 

番組作りの貴重なネタになります。

 

 

海外の機関が何か行うと、

 

ことごとくニュースとして

 

報道してもらうことができます。

 

 

日本関係の事柄が、これほど

 

メディアに露出する国もないでしょう。

 

 

今でも頻繁に日本が関係する

 

ニュースを見ることができます。

 

 

独立後のキルギスに最も大きな

 

影響を与えた二人が、

 

実は親日家だったのです。

 

 

一人目が。

 

1990年から2005年までの15年間もの間、

 

大統領を務めたアカエフは親日家でした。

 

 

大統領顧問を務めた

 

日銀の田中氏の影響も大きいと言われます。

 

 

彼の任期中に日本人はビザなしで

キルギスに行けるようになりました。

 

 

政策的にも、戦後の日本の

 

経済発展を見習いたいという

 

趣旨の話を何度も公言しています。

 

 

二人目がキルギス最高の小説家の

 

チンギス・アイトマートフ。

 

 

思想家、政治活動家でもある彼は、

 

キルギスで最も人気の高い人物です。

 

 

日本ではあまり知られていませんが、

 

彼は日本に対して大きな興味を持っていて

 

度々来日しています。

 

彼の2番目の妻はキルギス人ですが、

 

彼が日本本文中に出会ったという逸話もあります。

 

 

 

独立後のキルギスの政治的、思想的に、

 

最も影響力の高いキーパーソン2人が、

 

日本好きだったとことはキルギス人の

 

親日姿勢を強める意味で、

 

影響が大きかったと言えます。

 

 

 

娯楽が少なく、冬はこもりがちなキルギス人。

 

 

テレビが人々の意識に与える影響は大きく、

 

紹介した五つの情報が繰り返し、

 

様々な形でテレビ放映されることで、

 

親日感情が高まり、

 

キルギス人と日本人の兄弟説が

 

形作られたのではないでしょうか。

 

 

いかがでしたか?

 

私たちの知らないところで

 

日本を慕ってくれている国があるのは、

 

驚きでありとても嬉しいことですよね!!

 

 

 

親日国キルギスの日本愛が半端ない!

「キルギス人と日本人は兄弟だ」

 

【世界が感動する日本】

 

 

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