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コーヒータイム・心の癒し

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☆☆私の馴れ初め物語☆☆

読了までの目安時間:約 38分

 


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. 私の馴れ初め物語 .

 

 

 

親父に言われた一言が、

 

心に深く刺さっていた。

 

 

俺の家は小さなパン屋をしていた。

 

 

親父がパンを焼いて、

 

お袋が店で売るという店員2人の

 

小さな店だった。

 

 

俺は幼稚園のころから店を手伝っていた。

 

店のすぐ横には、

 

おじさんがやっている豆腐屋もあったので、

 

かけもちで手伝っていた。

 

 

友達と遊ぶのも良かったが、

 

店でお客さんと話す方が好きだった。

 

 

俺が中学生のころ、

 

うちの店に良く来る親子連れがいた。

 

 

決まって、食パンとラスクと

 

パンの耳を買っていった。

 

 

お袋はいつも一緒に来る女の子に

 

アンパンをあげていた。

 

 

お袋は「あの人は可哀想な人なのよ」

 

と言っていたが、

 

俺には良く分からなかった。

 

 

しかし、

 

アンパンをあげた時の

 

嬉しそうな顔は

 

本当に絵に描いたような笑顔だった。

 

 

それからしばらくして、

 

お店に来たお客さんの話で

 

お袋の言葉の意味が分かった。

 

 

その家庭は母子家庭で、

 

子供が4人もいた。

 

 

早くに親父さんを亡くして

 

母親一人で育てていた。

 

 

しかも、その兄弟の一人が中学生で、

 

俺と同じ部活の後輩だということも分かった。

 

 

その後輩は女の子で普通の子だった。

 

ただ、思い出してみると、

 

お弁当を忘れて来る日が結構あった。

 

 

俺はそのことと、

 

聞いた話とが一気に合わさった。

 

 

俺はショックだった、

 

どうして今まで気づかなかったのかと悔やんだ。

 

別に、何をしてあげるというわけでもないのに、

 

とにかく自分の無神経さに腹が立った。

 

 

俺は次の日から、その後輩に

 

話しかけるようにした。

 

 

そうしないと気がすまなっかった。

 

俺はお弁当を2人前を持って

 

登校するようにしていた。

 

 

うちの中学は弁当は部屋で食べることが

 

基本になっていたので、

 

後輩がお弁当を持っていないと

 

分かったときには、

 

「俺もう食えないから一つ食ってくんない?」

 

あげることにした。

 

 

遠慮しながらも

 

「ありがとうございます」

 

嬉しそうな顔をしてくれるのが

 

俺の何よりの楽しみだった。

 

 

ある日、うちの店に

 

後輩といつもの女の子が

 

買い物に来た。

 

 

俺の知っている限り、

 

後輩がうちの店に来たのは

 

はじめてだった。

 

 

後輩は恥ずかしそうに

 

いつもの買い物をした。

 

 

そのときにボソッと

 

「いつも気を使っていただいて

 

すみません。

 

 

私のうちは貧乏なもので・・・」

 

後輩が言ったとき、

 

俺は涙が出てきた。

 

 

お袋も泣いていた。

 

後輩も泣いていた。

 

 

俺は手当たり次第に


店のパンを袋に詰め、

 

隣のおじさんの店の豆腐も

 

ふんだくってきて

 

後輩に渡した。

 

 

しかし、後輩は受け取らなかった。

 

 

「生活はできているんっです。

 

贅沢はできないけど大丈夫です!」

 

明るく笑顔を見せて言った。

 

 

俺は恥ずかしくなった。

 

自分が情けなく感じていた。

 

 

「一度袋に入れたパンなんか


売り物になるか、


その子によくお願いして


持って帰ってもらえ!」

 

すると親父が出てきて、

 

と一言いって、また引っ込んでいった。

 

 

頑固親父らしい言葉だった。

 

 

お袋は

 

「重くて大変だから、

 

持って行ってあげなさい」

 

俺に気を使ってくれたようだった。

 

 

家まで送って行く途中、色々な話をした。

 

 

今までの生い立ち、今の生活のこと、

 

亡くなった親父さんのこと、

 

将来のこと、

 

できるだけゆっくり歩いて話した。

 

 

俺の知らない苦労を

 

してきているんだと思った。

 

 

 

俺がお弁当を

 

わざと2つ持って行っていることは

 

気付かれていた。

 

 

家に送っていった直後、

 

後輩のお袋さんが

 

謝りに来た。

 

 

「余計なことを言って

 

乞食のようなまねをしてすみません」

 

土下座をして謝っていた。

 

 

俺は、

 

俺は余計なことをしてしまった、

 

今までのいきさつを、

 

お袋さんに話すと、

 

お金だけは支払う、お金を払うと言って聞かない。

 

 

俺とお袋は困ってしまっていた。

 

すると親父が出てきて、

 

「うちのパンの値段を決めるのは俺だ、

 

お客さんが決めるんじゃない。

 

 

お金はいらないと言ったらいらないんだ。

 

それが俺の決めた値段だ。」

 

そう言うと親父はまた

 

引っ込んでいった。

 

 

後輩のお袋さんも

 

やっと納得してくれた。

 

 

次の日、後輩が

 

俺の弁当を作ってきてくれた。

 

 

これが飛び上がるくらい

 

嬉しいってことかって

 

思うくらい嬉しかった。

 

 

そしてそのとき

 

「何かお礼がしたいんですが・・・」

 

言っていた。

 

 

家に帰って親父達に相談した結果、

 

うちの店を

 

手伝ってもらうことにした。

 

 

給料はないけど

 

その日に残ったパンは全部

 

持って帰っていいという

 

条件だった。

 

 

後輩は大喜びだった。

 

次の日から後輩が

 

店に来るようになった。

 

 

とっても明るくなった気がした。

 

 

親父も昼からは

 

ほとんど焼かなかったのに

 

夕方になって

 

残りが少なくなりそうになったら、

 

あわてて焼くようになった。

 

 

結構気を使っているようだった。

 

 

後輩は

 

風邪をひいても毎日

 

うちに手伝いに来た。

 

 

店が休みの時には

 

うちの掃除なんかを

 

手伝ってくれていた。

 

 

居て当たり前の存在になっていた。

 

俺はうちから1番近い

 

公立高校に入ることになった。

 

 

後輩は高校には行かずに

 

働くつもりでいた。

 

 

後輩が

 

うちで今まで通り雇ってくれないかと

 

言ってきたとき、

 

「うちは高卒以上じゃないと雇わない。

 

 

でも、高校に通いながら働くんなら雇う。

 

勤労学生の学費はうちで出す。」

 

と、親父が俺の方を見て、

 

二ヤつきんがら後輩に言った。

 

 

お袋と後輩は

 

「すみません。すみません」

 

「いいのよ。いいのよ」

 

泣き出す。

 

親父は一人うなずいている。

 

 

俺は

 

なにが起きたのか分からなかった。

 

 

結局、後輩も

 

俺と同じ高校に入学し、

 

中学同様に仲良く生活していた。

 

 

高校を卒業して、俺も親父に

 

パンの焼き方を

 

教えてもらうことにした。

 

 

1年遅れで後輩も

 

うちで本格的に働くことになった。

 

 

後輩の下の弟と次女も

 

俺と同じ高校に入りながら、

 

おじさんのところの

 

豆腐屋では弟が、

 

うちでは妹が働いていた。

 

 

今では、弟は

 

おじさんの右腕として

 

住み込みで働いている。

 

 

妹も、

 

うちが業務拡大した時からの

 

メンバーなので、

 

なくてはならない存在となった。

 

 

一番下の妹も、

 

うちでバイトをしながら

 

高校に行っている。

 

 

俺と後輩には今年の夏、

 

子供ができることになった。

 

 

 

☆ ( 追 記 ) ☆

 

高校を卒業してから

 

結婚するまでのことを書きます。

 

 

俺は高校を卒業してから

 

親父に弟子入りして

 

必死になって仕事を覚えていた。

 

 

でも一時的に、

 

魔が差した時期があった。

 

 

友達の紹介で同い年の

 

女の子と付き合っていた。

 

 

仕事には差し支えないようにしたが、

 

朝帰りすることも少なくなかった。

 

 

その女の子の部屋に

 

泊まることも多かった。

 

 

楽しかったのだが、

 

いつも心に

 

後輩のことが引っかかっていた。

 

 

仕事でも、売り場に

 

ほとんど行かなくなったので

 

後輩と話す機会が

 

休憩時間くらいになっていた。

 

 

そのわずかな時間にも

 

俺としては、話しかけにくく、

 

また、何を話したらいいのか

 

分からなかった。

 

 

後輩の店での笑顔が

 

少なくなったような気がしていた。

 

そして、とっても悲しい目を

 

していることがあった。

 

 

ある日、後輩が店で倒れた。

 

店を閉めるちょっと前の

 

片付けをしているときだった。

 

 

お袋が真っ青な顔をして

 

「救急車、救急車!」

 

叫んでいたが、

 

親父は店を飛び出して

 

近所の診療所の先生を

 

連れてきた。

 

 

先生の話によると、過労だった。

 

 

後輩は俺の部屋のベットに寝かせて

 

その晩はうちに泊めることにした。

 

 

俺は後輩の横に座って

 

看病していた。

 

 

後輩は点滴の薬が効いたのか、

 

起き上がれないものの

 

話はできるようになった。

 

 

後輩「すみません。

 

 

私はもう大丈夫ですから

 

(彼女の所へ)行ってください」

 

笑顔で言ってくれた。

 

 

しかし、その日は

 

行く気にならなかったので

 

後輩のそばにいた。

 

 

あとでお袋に呼ばれ

 

「〇〇ちゃんがこうなったのは

 

おまえが心配をかけるからだ」

 

さんざん怒られた。

 

 

俺もそう思っていたので

 

何も反論できなかった。

 

 

お袋は、

 

いま付き合っている彼女と別れて

 

後輩と付き合え、

 

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それが罪滅ぼしだ。と

 

泣きながら俺に言った。

 

 

確かに付き合っていた彼女には、

 

後輩ほど思い入れや親近感はなかった。

 

信じてはもらえないかもしれないが、

 

後輩とは偶然以外では

 

手もつないだこともなかった。

 

 

キスはもちろん、体の関係なんて

 

考えられないような、

 

まさに純愛だった。

 

 

中学からのお付き合いで、

 

毎日一緒にいるので

 

何度もそういった衝動に

 

駆られたこともあったが、

 

理性で何か抑え込んでいた。

 

 

考えてみると、

 

変なことをして嫌われるのが

 

怖かったからなのかもしれない。

 

 

しかし、

 

女の人の手を握ったこともないまま

 

高校を卒業した俺でも、

 

欲求はしっかりあり、

 

どこかで発散したくて

 

しょうがなかった。

 

 

そんなときに友達から紹介されて

 

彼女と出会った。

 

 

彼女は後輩とは

 

全くタイプが違い、

 

非常に積極的だった。

 

 

会ったその日のうちに

 

腕を組んできて、キスもした。

 

 

次の日には彼女の部屋に呼ばれて

 

泊まるような関係になった。

 

 

彼女のことが好きだったのか?

 

と考えると、

 

好きだったのだと思う。

 

 

彼女もすきだったのだと思う。

 

 

しかし、俺の頭の中には

 

後輩の顔が思い浮かんでいた。

 

 

彼女への好きという感覚と

 

後輩を思う感覚は

 

まるで違うものであったことは

 

確かだ。

 

 

それが

 

「友情」「愛情」の違いなのか

 

「愛情」「家族」

 

違いなのかは分からなかった・・・

 

 

非常に申し訳ない言い方だが、

 

彼女のことは、肉体関係だけと

 

思っていたのかも知れない。

 

 

とても自分勝手な考え方だ。

 

 

お袋が泣いて言葉にならなくなると、

 

親父が

 

「どっちを選ぼうと

 

おまえの自由だ。

 

 

ただし、よく考えて選べ。

 

 

中途半端なことをして

 

『やっぱり変える』なんて事して

 

○○ちゃんをまた泣かせたら

 

俺が承知しない。

 

 

本当に好きな子を選べ」と、

 

俺を睨みつけながら言った。

 

 

俺はまた後輩のそばで

 

看病していた。

 

 

後輩は眠っていた。

 

 

不思議と

 

こんな恵まれた環境にありながら

 

スケベな感情は一切、

 

湧き上がってこなかった。

 

 

そばにいて、顔を見ているだけで

 

とても幸せだった。

 

 

俺はそのまま床に転がって

 

眠ってしまった。

 

 

気付くと後輩はベッドには

 

いなかった。

 

 

店に行ってみると、

 

後輩とお袋が口論をしていた。

 

 

「もう1日休め」

 

「もう大丈夫」の言い合いだった。

 

 

結局、

 

親父の一言でもう1日、

 

俺の部屋で休むことになった。

 

 

俺は看病を命令された。

 

その日、1日中後輩と話していた。

 

 

中学の頃、

 

みんなに冷やかされたことや、

 

学生時代の思い出話、

 

遊びにいったときの話、

 

楽しいことも辛いことも、

 

思い出はいつも

 

後輩と一緒だった。

 

 

俺が中2、後輩が中1の時から

 

ずっと一緒にいたのだから

 

当然と言えば当然だが。

 

 

俺はそのことに気が付くと

 

心の中が決まった。

 

 

その日も後輩をうちに泊め、

 

一晩中話をしていた。

 

 

家に帰った方が

 

休めたかもしれないが・・・

 

 

次の日、俺は付き合っていた彼女に

 

別れてくれるように

 

お願いしに行った。

 

 

ごねられたらどうしようかと

 

内心思っていたが、

 

あっさりとOKされた。

 

 

あとで友達に聞いた話だが、

 

俺の他にも付き合っている人が

 

いたらしい。

 

 

俺は急いで帰って

 

後輩を呼び出した。

 

 

そして彼女と別れたことを言って、

 

俺と付き合って欲しいと告白した。

 

 

後輩は唖然としていたが、

 

しばらくして泣きだした。

 

 

「私なんか駄目です。

 

私なんか駄目です」

 

繰り返すばかりだった。

 

 

とにかく考えてもらうことにして、

 

その日は送っていった。

 

 

家に帰り、親父達に

 

彼女と別れたことと、

 

後輩に告白したことを報告すると

 

2人とも 喜んでいた。

 

 

しかし、

 

「お前が今までしてきた事を考えると、

 

〇〇ちゃんに振られても、

 

ちっともおかしくないんだから

 

覚悟しておけ!」

 

親父に言われた一言が

 

心に深く刺さっていた。

 

 

次の日、後輩はいつもより

 

1時間早く来た。

 

 

うちは朝4時から仕事なのだが、

 

3時前にはもう来ていた。

 

 

昨日の返事をしたい

 

ということだった。

 

 

答えは〝NO“ だった。

 

 

理由を聞くと、

 

小さい頃からお世話になっているところの

 

息子に、これ以上迷惑をかけられない。

 

 

お付き合いなんて厚かましくて

 

とんでもない。という事だった。

 

 

それを見ていた親父達が、

 

「今日は2人でゆっくり話し合え」

 

休みをもらったので、

 

俺の部屋で話をすることにした。

 

 

俺は、付き合っていた彼女の事が

 

原因だと思っていた。

 

 

だからその事をとにかく謝った。

 

 

全てを後輩に話し、

 

このことが原因だったら

 

そう言ってくれと頼んだ。

 

 

彼女のことが原因だったら

 

「身から出たサビ」

 

言うことなので、

 

すんなりあきらめよう

 

と思っていた。

 

 

しかし、お世話になったとか

 

何かという

 

無理やりな理由は

 

やめて欲しかった。

 

 

後輩は、彼女が原因ではないと言った。

 

彼女のことはとても悔しかったらしい。

 

 

自殺しようと思ったこともあったらしい。

 

 

けれども俺に

 

「彼女と別れてくれ」

 

わがままも言えないので

 

我慢していたらしい。

 

 

後輩はかなり遠慮深いので、

 

本当に俺と付き合うことを

 

厚かましいことと思っていた。

 

 

俺は、

 

そういうことなら

 

俺からお願いしているんだから、

 

俺の願いを聞いてくれ !  と

 

頼み込んだ。

 

 

すると、やっと

 

〝OK“ をもらった。

 

 

その日、うちでは

 

お祝いになった。

 

 

後輩の家族も招いて、

 

豆腐屋のおじさん一家も招いて

 

「交際記念パーティー」となった。

 

 

俺のお袋と後輩のお袋、

 

後輩はずっと泣きながら

 

話していた。

 

 

ちなみに、

 

そのとき、後輩の弟が

 

おじさんに気に入られ、

 

豆腐屋のバイトを

 

始めることになった。

 

 

俺と後輩との交際は

 

学生のころと同じで、

 

手も繋がないデートをしていた。

 

 

しかし、なぜか

 

欲求はみたされている気がした。

 

 

俺もタイミングが悪く、

 

プロポーズしようとしていながら

 

なかなかできず、

 

10年が経ってしまった。

 

 

彼女との交際は相変わらずだったが、

 

愛情は深まって行くばかりだった。

 

 

うちの店も配達なども多くなり

 

店がかなり手狭になったので、

 

新築することにした。

 

 

この機会に後輩のお袋さんも、

 

うちで一緒に住んだらどうか、

 

という親父の提案に


俺は大賛成をした。

 

 

このことを後輩に教えた。

 

そして一気に

 

プロポーズをした。

 

 

いつものように後輩は泣き出した。

 

 

「私なんか駄目です」 病が

 

はじまったので、

 

思いっきり抱きしめた。

 

 

しばらくして、小さな声で

 

「お願い致します」

 

〝OK“  をくれた。

 

 

俺は約10年間

 

持ち続けた婚約指輪を

 

やっと渡すことができた。

 

 

後輩は

 

「私なんか駄目です」病だったが、

 

後輩のお袋さんは、

 

「滅相もない」病の持ち主だった。

 

 

結婚の許可はすぐにもらえたが、

 

同居に関しては

 

1か月以上かかった。

 

 

後輩のお袋さんも

 

うちの住み込み従業員ということで、

 

やっと納得してもらって、

 

今は、

 

うちの両親、俺達夫婦、お袋さん、

 

妹2人の7人で暮らしている。

 

 

もうすぐ8人になるが。

 

 

ちなみに義弟は

 

おじさんの娘と交際中だ。

 

 

婿養子になるらしい。

 

 

それでは、感動的な物語が沢山のyoutubeをご覧ください。

 

 

☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★

 

 

※ この青春物語を、当然、涙を再三流しながら
また、涙を拭きながら拝見させて頂きました。

こんなに純な青春を送っている若人の、
情熱を抱きながらの行動と考え方が、
とても感動いたしました。

 

このような愛情物語、純愛物語、
家族の冷たい言葉のように感じる後にある
深い大人の愛情、相手を思う思いやりなどなど、

この上ない計り知れない人情物語が
凝縮されている内容がとても素晴らしいので、
これを拝見した方々にもしシェアさせて頂いて
世界に広めて欲しいと思いました。

 

私も、ブログでシエアささせ頂きますので
ご了承くださいますようお願い申し上げます。
今後も、人間として愛情実話、感動実話、
人情物語、サプライズ物語などなどが
有りましたら、ブログでシェアさせて頂き、
心豊かな世界に向けてもシェアさせて頂きますので、
宜しくご了承ねがいます。

 

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