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コーヒータイム・心の癒し

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💛💛 二人のかあさん💛💛

読了までの目安時間:約 14分

 


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 二人のかあさん

 

 

俺が6歳の頃に親父が再婚して

 

義母がやって来た。

 

 

ある日、親父が

 

「今日からこの人がお前のお母さんだ」

 

といって連れて来た。

 

 

新しい母親は俺を

 

本当の子供のように可愛がってくれた。

 

 

家族とか血縁とか分からない頃の俺にとって

 

義母が本当の母親だった。

 

 

それから、何年か経ち俺が中学の頃、

 

今度は親父が事故で帰らぬ人となった。

 

 

親父の葬式の席で親族が集まり、

 

これからの俺たち家族の事で

 

話し合うことになった。

 

 

親父の両親(俺から見て祖父母)は

 

既に無く親戚づきあいも疎遠で

 

親戚には親父の親族は誰も来なかった。

 

 

後から知った事だが

 

親父はガキの頃に両親を亡くし

 

親戚中をたらい回しにされ、

 

おまけにひどい扱われようだったらしい。

 

 

そんな事もあり自分が大人になって

 

働き出してからは一切、縁を切っていたらしい。

 

 

 

まあ、そんな状況でもあり

 

今後の俺たち親子の事を生母、

 

義母側双方で話をする事になった。

 

 

 

元々義母の両親は

 

義母と親父との結婚に反対していた。

 

 

 

まぁ親としては娘の結婚相手に

 

コブ付きだとやっかむの当然かもしれない。

 

 

また、生みの母の両親は、

 

まだ若い義母の事を考えて

 

俺を引き取ると言い出した。

 

 

双方の親の利害が一致して

 

俺は生母の家に引き取られると

 

決まりかけた時、

 

それまでの双方の話を聞くだけだった

 

義母が口を開いた。

 

 

 

「この子は私の子です。

 

例え血が繋がって無くても私の子供です!」

 

 

「お願いですから、

 

この子は私に任せてください。」

 

 

物腰の軟らかい義母が珍しく

 

語気を荒げていた。

 

 

出会ってからはじめて見た

 

そんな義母の姿に俺は驚きを覚えた。

 

 

最初は難癖を付けていた双方の両親も

 

最後には義母に折れる形となり、

 

俺は義母と二人で生活することになった。

 

 

 

稼ぎ頭の親父が死んで

 

義母は必死で働いた。

 

 

受験で大変な時期の俺を育てる為に

 

必死で働いてくれた。

 

 

高校3年の時、

 

俺は家の事情もあり、

 

進路は就職すると決めていた。

 

 

 

しかし、その話を聞いたとき義母は、

 

「大学に行きなさい。」 と言った。

 

 

 

「お金は何とかするから

 

あんたは大学に行きなさい。」

 

 

なんで、

 

実の息子でも無いのにそんなに

 

俺に一生懸命なんだろう?

 

 

俺は半ば呆れながら

 

そんな義母の言葉が嬉しくて

 

思わず泣いてしまった。

 

 

 

そんな義母の言葉に背を押され

 

少し遅れて受験勉強。

 

 

家の事情を考えると浪人は出来ないし、

 

そんな事で義母を落胆させたくなかった。

 

 

元々、勉強はできる方じゃないので

 

入れた大学も大した大学じゃなかったが、

 

それでも合格と聞いた義母の

 

涙混じりの笑顔は今でも忘れられない。

 

 

 

大学に入ったが俺は生活費ぐらいは

 

自分で何とかしようと決めていた。

 

 

高校の時もそうだが、アルバイト三昧の日々で

 

良く留年しなかったものだと

 

今でも不思議に思う。

 

 

 

大学も何とか無事に4年で卒業が出来

就職も決まり、俺は晴れて社会人になった。

 

 

最初の初任給で義母にプレゼントを買った。

 

 

さすがに俺のプレゼント(大したもんじゃ無いけれど)

 

には参ったのか、ありがとう、ありがとうと言いながら

 

泣く姿に俺も思わず貰い泣きした。

 

 

 

ほんと、

 

感謝しなきゃならないのは俺の方です。

 

 

それからは二人でつつがなく

 

暮らしていたが、

 

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俺も30の手前で結婚したい相手が出来た。

 

 

 

最初は俺の結婚を義母が

 

どう思うかと思っていたが

 

大喜びで歓迎してくれた。

 

 

「あんたもこれで一人前だね」

 

と言われて照れくさいやら恥ずかしいやら。

 

 

 

最初は一緒に暮らそうと言ったが

 

「お嫁さんに悪いから母さんはここで暮らすよ」

 

と断られる。

 

 

いやいや、かみさんも

 

賛成してくれてるんだけど・・・。

 

 

 

何度か話はするものの結局、

 

離れて暮らすことに。

 

 

でも、結婚して一年経って義母が倒れた。

 

幸い大事に至らなかったが、

 

今後、同じ事が有ってもいけないと思い、

 

断っているとこ所を半ば強引に同居することに。

 

 

 

その間、孫の顔も見せることが出来たし、

 

かみさんとも上手くやってるし、

 

本当に幸せそうだった。

 

 

でも先月、その義母が他界。

 

 

クモ膜下出血であっけなく死んでしまった。

 

 

通夜の席でかみさんが

 

義母の話をしてくれた。

 

 

正直、この年に成るまで

 

義母のそれまでの人生を

 

聞いたことが無かった。

 

 

 

かみさんは義母から色々、

 

聞いていたらしい。

 

 

義母は親父と結婚する前に

 

子供が生めない体だったらしい。

 

最初はそんな事もあり

 

結婚を断っていたそうだが、

 

親父をそんな事情を承知で

 

「俺たちには子供がいるじゃないか、

 

俺の息子の母親になってくれないか?」

 

の言葉に、義母は涙ながらに承諾。

 

 

親父も人前も憚らず泣いていたそうで。

 

 

義母曰く

 

「あんなみっともないプロポーズは無かったけど

 

    嬉しかった」 との事。

 

 

 

その話を聞いて俺は理解できた。

 

 

そして言葉にならずに

 

涙だけが溢れて仕方が無かった。

 

 

今までかなり泣いたけど

 

息苦しくなるほど泣いたのは初めてだった。

 

 

 

ぶっきらぼうな親父の優しさもそうだが、

 

親父のプロポーズを最後まで

 

純粋に受け入れた義母に、

 

言葉にできない思いがこみ上げて来た。

 

 

かみさんもそれを聞いた時は

 

涙が止まらなかったそうで

 

俺に話しながらまた号泣。

 

 

 

子供達も泣いている俺たちを見て

 

つられて泣き出す始末。

 

 

義母! いや、 母さん!!

 

血は繋がっていないけど

 

貴女は俺にとって本当のお母さんです!!

 

生みの母には悪いけど、

 

俺にとって貴女以上の母はいません!

 

 

親父! そっちで会ったら

 

誉めてやってください!

 

 

 

貴方が選んだ人はとっても

 

素晴らしい人でした!!

 

 

最後に母さん!

 

もし生まれ変われるなら、

 

また貴女の子供に生まれたい!!

 

 

 

今度は貴女の本当の子供に

 

生まれ変わりたいです!!!

 

 

突然に逝ってしまって、

 

改まって感謝擦ることが出来なかったけど、

 

 

本当に母さんありがとう!

 

母さん本当にありがとう!!!

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

あまりの感動に震えて言葉が有りません!!

 

 


 

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感動的・涙物語   コメント:0

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