スエズ運河、エジプト、五洋建設、勲2等、自衛隊、ソマリア、瑞宝章、イスラエル、戦争

コーヒータイム・心の癒し

日々、笑顔で、楽しく、元気よく、知的・才的・紳士的、ユーモアに

--- 広告 ---
--- 広告 ---

“危機のスエ運河拡張工事”の日本企業に “世界が驚愕”!

読了までの目安時間:約 21分

 


スポンサーリンク

スポンサーリンク

危機のスエズ運河

 

  拡張工事日本企業”に

 

 

   “世界が驚愕”!

 

 

 

スエズ運河・歴史に残る拡張工事

 危機的状況に立ち向かう

  五洋建設の挑戦に世界が驚愕!

 

 

スエズ出張所の初代所長に就任した水野組の今中時雄は、

 

調印式に先立ち、同年7月10日にカイロに到着します。

 

 

この年のカイロは57から58℃という酷暑、

 

しかも、一週間ほどかけて作業現場を調査して愕然とします。

 

 

まさに難工事だった。

 

 

工期も、どう見ても2年はかかるのに、

 

水野社長は1年3ヶ月で見積もりしている。

 

 

受注額も最低です。

 

 

しかし、今中氏は思います。

 

 

これほどの難工事は、かつて水野組では

 

誰も経験したことがない。 利益もない。

 

 

だが、この大事業に成功すれば、

 

水野組は、世界に知られる一大企業に飛躍できる。

 

 

社長の心意気を肝に銘じて、

 

何としてもこの事業を成功させよう。

 

工事は8月下旬から開始されます。

 

 

スエズ運河の地層には、堅固な岩盤があります。

 

スエズ運河の創設者レセップスの記録にも、

 

それは書いてありました。

 

 

今中はレセップスが掘った土砂を綿密に調査し、

 

固い岩盤の調査結果を直ちに本社に報告し、

 

岩盤のコードの分析調査、並びに掘削に適した

 

カッターを製作して輸送するよう依頼します。

 

 

新規制作のカッターを船便で

 

輸送するには3ヶ月はかかります。

 

 

今中はカッター到着の遅れを見込んで、

 

地盤の柔らかい場所を探し当てては、

 

そこから作業を開始しました。

 

すると、運河庁の役人が契約通りの

 

仕事をしないとクレームをつけてきました。

 

 

約束を守っていない、即時運河庁に出頭せよという。

 

 

今中は調査記録をもとに、丁寧に作業手順を説明します。

 

 

かたくなにりえき『違約』を主張する貿易局長も、

 

最後には折れ、今中に全幅の信頼を置くようになります。

 

 

ようやくカッターが到着しました。

 

 

しかし、当時の最新鋭のカッターですら、

 

炎症の中で焼き付き容易に掘削がはかどらない。

 

 

岩盤に阻まれて、水野組が悪戦苦闘しているという噂が、

 

日本に伝わると、同業他社からは水野はもうおしまいだと、

 

取りざたされ、金融筋からも水野組の経営破綻を懸念して、

 

再三、問い合わせが入りました。

 

 

水野組に話を持ち込んだ通産省内にも

 

不安の声が広がっていきました。

 

 

再度エジプトを訪れた高碕達之助は、

 

工事中の現場に立ち寄り、

 

その進捗状況を見て、今中にこう言ったそうです。

 

 

水野さんも良くこんなことをやったものだなぁ、

 

私だったらこんな思い切った事はようやらんわい。

 

 

あの人は度胸があると言うか、エジプトのスエズ運河庁も

 

水野組がコストを割って契約をしたことは分かっていました。

 

 

もしかすると、日本の水野組は工事半ばで、

 

ギブアップして撤退するのではないか、

 

と、危惧の声をあげました。

 

 

予想外の硬い岩盤が出たということは、

 

撤退の口実にもなり得るのです。

 

しかし、現場視察に行った運河庁の役人は

 

声をそろえて言いました。

 

 

水野は全然諦めていない。

 

 

ミズノの社員は実に粘り強く、

 

誠実に岩盤と戦っている。

 

 

少しずつ掘削を終えた部位が、

 

運河として完成していきます。

 

工事の出来栄えは実によく整い、

 

予想以上の緻密さになっている。

 

 

運河庁の役人たちは、水野の誠実な工事に

 

驚くとともに感嘆します。

 

 

高性能のポンプを装備したスエズは、

 

エンジンの音を響かせながら、

 

運河春節の難工事に挑戦します。

 

 

強靭な特殊カッターは、

 

極めて硬い海底岩盤を次々に掘削して行きます。

 

こうして、スエズ運河の

 

第1期工事は1年6カ月で完成します。

 

 

第1期工事の見事な仕上がりに、

 

水野組は続く第2季第3期の工事も

 

相次いで水野が随契で受注します。

 

 

工事の受注金額の合計は36億800万円に上りました。

 

 

昭和42年6月5日、第4期工事の

 

国際入札がカイロで行われることになりました。

 

 

社長の水野鉄太郎氏、内林辰一専務、

 

初代スエズ出張所長の今中時雄(のちに府副社長)ほか、

 

技術者など数名は、前日の深夜過ぎまで

 

ホテルの部屋で缶詰になって、見積もりの細部を調整。

 

 

3台の車に分乗してカイロの、

 

ヒルトンホテルから運河庁のある

 

イスマイリアへ向かいました。

 

 

距離にして約120 km 、約2時間の行程です。

 

 

車がイスマイリアにあと20分ほどの距離に迫った頃のことです。

 

 

運転手が不意にスピードを落としました。

 

 

やがてタイヤが地表から、持ち上がるような衝撃が続きました。

 

地震ではない、地面が何かの振動で大きく揺れました。

 

 

タイヤがバウンドし、行く手には黒煙が舞い上がりました。

 

 

運転手が車を止めます。

 

まもなく通常を戦闘機が飛んでいきました。

 

 

誰かがイスラエルのマークがついている、

 

と叫びました。

 

 

飛来したジェット戦闘機は、

 

前方の黒炎の上がるあたりに急降下し、

 

その都度大きな黒煙が上がり、振動が遅いました。

 

 

戦争が始まったのだと誰もが感じました。

 

 

頭上ではイスラエル機とエジプト機が、

 

超音速の空中戦を演じている最中だ。

 

 

二機が交差したと思った次の瞬間、

 

片方の木が煙をはいて失速し、

 

落下していく光景を目撃した。

 

 

わずかに土手の影に身を潜めているものの、

 

敵に発見されれば逃げ場はない。

 

 

雲ひとつない空を背景に、

 

空中戦はますます激しさを加えてくる。

 

 

第3次中東戦争が勃発したのです。

 

 

入札をどうするのか、

 

今カイロに戻っても市街地はどうなっているのだろうか。

 

 

目的地のイスマイリアも激戦地になっているかもしれない。

 

 

この時水の社長は、にっこり笑うと、

--- 広告 ---
--- 広告 ---

みんなにこう言いました。

 

 

行っても爆弾、引き返しても爆弾、

 

なら、入札に行こう。

 

 

この一言で、衆議一決した一行は、

 

イスマイリアに向かいます。

 

 

途中の道のゲートでは、

 

再三、自動小銃を持った兵隊に押しとどめられました。

 

 

彼らはその都度、

 

『スエズ運河庁総裁から呼ばれている』と、

 

粘って通してもらいました。

 

 

ようやく以降は、運河町に到着します。

 

入札期限ぎりぎりの時間でした。

 

 

ところが肝心の担当官が見当たらない。

 

 

一行が焦る気持ちを持て余していると、

 

連絡を受けた担当官がようやく姿を現しました。

 

 

自分たちでさえ、戦争が始まって避難しているのに、

 

入札があるからと約束の時間を間違えずに

 

やってきた日本人に、彼らは驚嘆します。

 

 

しかも、他の国の業者は、

 

何と事前に戦争の情報を入手していて、

 

前日に大使館を通じて入札書を

 

運河庁に渡していたというのです。

 

 

見積もり調整でニュースに目もくれず、

 

 

戦争が始まったことすら知らずに、

 

入札会場に入ったのは、なんと水野組だけでした。

 

 

運河庁に到着して入札会場で役人に会った時の情景を、

 

後日、今中氏は次のように語っています。

 

向こうの人が、喜んだの何の、

 

オランダやアメリカ、

 

その他全部恐れをなしたのに、

 

日本人だけは敵中突破という感じで

 

約束通りに持ってきたんですから。

 

 

イスラエルとの戦争なんか1日で終わる。

 

 

むろん我が軍の大勝利だ、ありがとう。

 

 

なんて言って受け取ってくれました。

 

戦争の方は、逆に負け戦でしたけどね。

 

 

今思えば、水野哲太郎社長のあの一言が、

 

天下分け目の決断になったんです。

 

 

こうして第4期工事の入札も水野組が落札します。

 

 

しかし、戦争のためにスエズ運河は閉鎖され、

 

 

工事は宙に浮いてしまいます。

 

 

仕事がなくなった水野組は、

 

全員がやむなく帰国の途につきます。

 

 

そして7年の歳月が流れます。

 

平和を取り戻したエジプトは、

 

昭和49年10月に、超大型のスエズ運河

 

拡幅増進工事を発注します。

 

 

受注額5006億円というビッグプロジェクトです。

 

 

3期にわたる誠実な改修工事の実績、

 

 

そして戦火の中を入札に駆けつけた熱意が、

 

エジプトに高く評価されたのは勿論のことでした。

 

 

この工事費の3分の2にあたる380億円は、

 

前年末に特使としてエジプトを訪問した、

 

三木武夫総理が約束した円借款で

 

賄われることになりました。

 

 

スエズ運河第1期拡幅増進工事は、

 

5年の歳月と総工費12億7000万ドルをかけて

 

昭和55年8月31日に竣工し、

 

12月16日現地ポートサイドで開通式が開催されました。

 

 

この工事の完成によって、15万トン級の船が

 

航行できるようになりました。

 

 

また、この工事で浚渫船の月間運転時間700時間、

 

及び、月刊浚渫土量110万立方メートルの

 

新記録が生まれました。

 

 

水野鉄太郎は、エジプト政府から開通式に招待され、

 

スエズ運河改修の最大の功労者として、

 

リパブリカン・エンブレム・グレート・ナンバーワン

 

勲章を授与されました。

 

 

また、その年の11月3日、

 

港湾建設所事業の功労者として、

 

勲二等瑞宝章を受章し、

 

11月5日、夫人同伴で皇居松の間において、

 

総理大臣から授与され、

 

次いで豊明殿で昭和天皇の拝謁を受けています。

 

 

いま、スエズ運河の通行料はエジプト政府の

 

主要な外貨収入の一つとなっています。

 

 

2007年には約46億ドルの収益を上げています。

 

 

近年、スエズ運河の先にあるアデン湾に、

 

ソマリア海賊が跋扈して、

 

通行する貨物船の安全を脅かしています。

 

 

運河を利用する世界中の国々が、

 

の安全を守るため、

 

警備のために軍隊を派遣し、

 

日本も自衛隊を派遣しました。

 

スエズの安全は、

 

日本とエジプトの

 

国交の柱でもあるのです。

 

 

スエズ運河・歴史に残る拡張工事!

 危機的状況に立ち向かう

  五洋建設の挑戦に世界が驚愕!

 

https://www.youtube.com/watch?v=GNReolGnNYE

 

 

💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛

 

★動画内容は、戦争時代のことであり、

何が正しく、何が間違っているのかは別にして、

多くの世界の方々にも見ていただきたいと思いました。

また、この様に世界に貢献する日本の企業が存在したことに

感動しましたし、他の国にも知って欲しいとの思いから、

微力ながら私のブログでシェアさせて頂きました。

ご了承くださいますようお願い申し上げます。

 

💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛💗💛

 

 

タグ :

日本の凄い   コメント:0

この記事に関連する記事一覧

コメントフォーム

名前

 

メールアドレス

 

URL

 

 

コメント

トラックバックURL: 
--- 広告 ---
--- 広告 ---
TOPへ戻る